アメリカ旅行に行ってきました(アラスカ・アンカレッジ)

 アラスカ・アンカレッジ(Anchorage, Alaska)

さて、それでは各都市で起こったことをそれぞれ書いていければと思う。どれも「楽しかった」の感想で総括できてしまうので、正直何か深い感情があるわけではないのだが、なんとなくのシェアである。本当に私個人が楽しいだけのシェアである。

まずはアラスカについて書こうと思う。実際の時系列ではシカゴの方を先に訪れたのだが、アラスカとシアトルの後に再度訪れているので、そこでまとめて書こうと思う。ということでアラスカである。

アラスカである。ニューオーリンズの代わりとなったアラスカである。極寒の地アラスカである。カナダを挟んだアラスカである。シアトルと一時間、ニューヨークとは四時間の時差のあるアラスカである。アンカレッジが主な都市とされるアラスカである。アラスカである。

本来ならニューオーリンズに四泊する予定だったのだが、アラスカに二泊のみとなってしまった。残念である。シカゴからミネアポリス経由でアラスカへ向かった。ちなみにミネアポリス空港は日本語の案内も存在していた。むしろ中国語が表記されていなかった。個人的には話者数ランキング的にも中国語の方が効率が良いとは思っているのだが、局所的に一部の言語話者の訪問が多い場合にはその限りではないとも思うので、日本人観光客がやたら多いか、日本人観光客がやたら世界中に多かった時の名残りかの二択であろうと思う。ちなみに空港の中にスヌーピーが沢山いた。可愛かった。特に何かを口にしたわけでもないので、ただただ単純に待ち時間を贅沢に使った空港散歩を行ったのみである。そのごアラスカに向かう飛行機に乗った。機内で特に何をするわけでもなく、映画を見たり、本を読んだりといつもの機内の過ごし方と同じ方法で過ごした。

さて、アラスカに降り立ったのは夕方、17時ごろである。ホテルまでバスを使って移動する。空港から出てすぐにバス停があり、一本逃した。目の前で発車である。この状況、何度目であろうか。特に雨も降っっておらず、特別寒くもないので駅で他のバスを待っている人と話しながら過ごした。シカゴでは氷点下二十度を体験しており、零度はそこまで寒くないという錯覚に陥っていた。もう一つのバスを待っている女性の方は仕事の関係で訪れたらしい。街の方ではなく、医療センターに用事があるため、シャトルバスを待っているとのことだった。シャトルバスの時刻表はなく、私も調べたが、具体的な時間を探し当てることはできなかった。時間もわからないバスを待つのはさぞ不安であろう。そう思って他愛の無い長話をした。否、私が寂しかっただけかもしれない。少なくとも私はそれを楽しんでいた。知らない人だったが、優しい声と顔つきであった。私のバスは、私が逃したバスの20分後に来ると書いてあった。その女性は20分の待ち時間に同情してくれた。私からしたら、いつくるかわからないバスを待つことに同情したい。とは言っても、世界はある程度のペースで回っているらしく、その女性の待っているバスに乗ろうとすでに30分以上待っていた男性が空港の建物の中から出てきた。バス停で私を含め4人集まって話をした。するとすぐにシャトルバスが来た。女性は街にもよるはずからだ乗っていくか、と聞いてくれた。しかし私は安牌を持った上での挑戦はできない。おとなしくお別れをいい、彼らの健康を祈る。彼らに手を振った後10分もしないうちに私のバスが来た。海外のくたびれたバスである。現金で運賃を払い、席につく。バスは比較的荒い運転で私を街まで連れて行ってくれた。しかし、日も暮れて暗い中、少しだけ不安であった。乗客は思ったよりも多い。アメリカは車がなければ何もできないと聞いていた。実際そうであるとも感じる。しかし、公共交通機関もないわけではない。十分に利用すれば、十分に旅はできる。さて、ここに来てバスの降車ボタンがわからない。わからないままキョロキョロとしていたら目的のバス停を過ぎてしまう。はて、私はしくじりがちである。運転手の人に次で降りたいと伝えたら、次が終点であると言われた。なるほど、多少歩く距離が増えたが、問題なくホテルまで着きそうである。ちなみに降車する際に気づいたのだが、バスに張り巡らされている黄色のロープのようなものが降車ボタンの役割を話しているようであった。降りたいところでその紐を引っ張るようだ。しかし私は最後までそれを使うことはなかったが。バスを降りてからトボトボと暗い中、ホテルへと歩く。路面は凍っており、歩きづらい。おそらく今朝か昨日かに雨が降ったのだろう、そこら辺中が濡れた氷だらけである。足元がおぼつかない。アラスカは広く、肌感覚、1ブロックの大きさも他の年に比べて大きいように感じた。高いビルが少ないため、見渡せてしまうからこそ、そのように感じるだけかもしれないが、4・5ブロック歩くために結構な体力を使った。今思えば、氷のせいかもしれない。だが、無事にホテルに着いた。めでたしめでたし。私は正直半分ほど満足してしまった。フロントでチェックインをする。ついでに受付の人に明日のツアーなどの情報はないかと質問してみる。受付の人は快く受け答えをしてくれた。ホテルにある多くのパンフレットを渡してくれた。ついでに地図もくれた。アナログではあるが、安心である。個人的にはアナログ派なのでとても助かる。そこで紹介されたのはGlacierという氷山のような場所の観光ツアーや、犬ぞりツアー、ヘリコプターでの観光ツアーなどであった。私は個人的にその氷山(以下グレイシア)に興味が湧いたので、いくつかあるツアーのうち手頃なものを選ぶことにした。パンフレットの山を抱えたまま部屋へと入る。部屋はやたら広く、キングベッドとソファがあった。洗面台とバスルームは別になっており、なんとも過ごしやすい部屋である。住みたいほどである。とりあえず、荷物とパンフレットをソファに投げる。水を口にした後、ふと思う。晩御飯を食べていない。近くにあるレストランを探す。スマートフォンを開いて、歩いていこうと思える範囲のレストランの評価を見る。畏まったところにはあまり行きたくない。こちらも疲れてしまっているので、少しラフな場所が良い。調べていて思ったが、極端にファストフード店が少なかった。バスで見た道沿いには数店舗見かけたが、街の中に入ると特に見当たらなかった。こだわりだろうか、企業理念だろうか、それとも偶然だろうか。私がその晩に食べようと決意したものは、ペリメニというロシア風餃子(Russian Dumpling)である。それが何か正直わからないまま店に行くことに決めた。主な理由は4ブロック程度しか歩かずに済むからであるが、調べた時に目に入った写真が程よく食欲を刺激したためでもある。テクテクと夜の町を歩く。シカゴの友人が私に脅しをかけてきた言葉を思い出す。アラスカには犯罪者が多いという話だ。というのも、彼が言うには、アメリカで犯罪を犯したものは、アラスカで執行猶予やら、仮釈放やらを過ごすことが多いとのことだった。なるほど。更生施設内ではないため、日常程度の警戒度以上のものを必要とさせる雰囲気はなかったが(と言うのも至極単純に人が少ないのだ)、その話が頭に入っている状態で見る街は色眼鏡を通して見るようであった。ビクビクとはしないが、夜の道はあまり好ましくはない。数分歩いてたどり着いた店はがらんとしていた。客は1組のみ。店員は陽気な若い男性一人であった。店員に何が頼めるか相談したところ、そこはペリメニの専門店であり、尚且つ選択肢が中の具材とトッピングのみであった。中身を牛肉か馬鈴薯のどちらか選び、トッピングはバター、カレー粉、ホットソース、パクチーの中から好きなものを好きなだけ選ぶといったものであった。私は牛肉・全トッピングを選んだ。サワークリームも好きにかけていいとの事であった。支払いを済まし、数分で完成するからそれを席で待つ。レコードがかかっており、どこか懐かしい雰囲気である。アメリカの田舎町を体験している感覚であった。いくらそこがアラスカの中で最も栄えていたとしても、シカゴを経験してしまった私には田舎町であった。完成したペリメニは熱々で、食欲を程よく刺激してくれる。パンを1スライスもらい、席に戻る。トッピングの量は好きにしていいとの頃だったが、私はその店員にお任せした。何もわからないのだ。おすすめに従うのが安牌であろう。ペリメニはとてもジューシーであった。中の牛肉も程よく、スパイスも効いていて、私が好きな味であった。寝る前の小腹満たしとしてはとても良い食事であった。ホッとするおいしさであった。量は多くない。夜食には丁度良い。しかしすぐ食べ終わってしまうのは寂しい。食べた後は大人しくホテルへ戻る。何もやることがない。一人で酒を飲みに出かけるわけでもなければ、散歩をする気分にもなれない。いかんせん、路面が凍結している。歩きづらいのだ。ホテルについて、フロントでサービスのコーヒーを紙コップに注いで部屋へと戻る。ソファに投げた荷物を整理し、パンフレットを広げる。どのツアーに参加しようかいまだに迷う。明日の申し込みでそもそも間に合うのかも不安であった。ネットでツアー検索もした。いくつか興味の湧くものが見つかった。そのうち一つがグレイシアでのハイキングであった。ホテルフロントでお勧めされたものに近い。応募しようと、参加フォームを記入しカードで支払おうとした。しかし決済がうまくいかない。実は二日前くらいからネット決済がうまくいかないことが多かったのだ。それも、旅程の変更等で支払い金額が大幅に増え、少し厳しくなってしまっていたのだろう。さてどうしたものか。2回ほどチャレンジしたが、やはりうまくいかない。ここは一度冷静になろうとシャワーを浴びることにした。シャワーから出て、寝巻きに着替えて、ベッドの上でコーヒーを飲みながら悩む。どうしたものか。そして最終的に直談判だと決めてその日は寝ることにした。集合場所が観光案内所の真横だったため、どうせそこにいかなきゃならないのなら、行って仕舞えばいい。そこでガイドの人に聞いたら解決だ。明日の朝は早いことが確定したため、そのまま眠りについた。

朝は6時に起きた。寝たのが23時ごろだったため、十分な睡眠である。しかし時差ぼけが少し残っているのか、朝早く起きてしまう。私はもう少し寝ていたい。朝食がついているホテルだったため、そのままシャワーを簡単に浴びて、着替え、ロビーへ降りる。朝食は簡単なものだったが、美味しかった。スクランブルエッグにソーセージ、ベイクドポテトやパン、シリアルもあった。私はホテルでは勤めて朝食を多く食べるようにしている。理由は特にないが、旅行中はすぐに空腹になってしまうのだ。皿に山盛りの朝食を食べ、この後お腹が空かないようにパンとスクランブルエッグとソーセージでサンドイッチを作っておいた。貧乏性でもある。準備が間に合わずガイドさんへの直談判ができなければ勿体無いので、少し急いで準備をする。集合は8時である。予約をしていないため、当たり前だが待ってはくれない。テクテクと15分程度歩く。そもそも目的が氷の上のハイキングである。服装も正直どんなものを着れば良いのかわかっていない。しかし、そもそも行けるのかもわからない。直談判である。その場所について見るからにツアーの雰囲気のあるマイクロバスが停まっていた。ガイドの人らしき人が車の前で他の客の案内をしていた。少し悩みながら思い切って、声をかける。「今日の枠は空いてますか。」決済がうまくいかなかった話や、いろいろ情報は見てからきた話をして、枠が空いてるから是非と快く受け入れてくれた。車に乗り込み、ガイドの話を聞きながらまだ暗い外の景色を眺める。緯度が高いと、ここまで日の出が遅いのかと感心する。最終的に日の出は10時を過ぎてからであった。ガイドの人はテキサス州出身らしい。彼は、都会の生活に飽きて、ここへ移ってきたとの事だった。彼がいうには、アラスカの人間は基本的には都会にうんざりしているため、大きな都市を必要としていないらしい。だからこそのアンカレッジの市街地の雰囲気だったのかもしれない。今回、車で三時間北上してグレイシアに向かった。ガイド曰く、アラスカでは南北に通る道は2本しかなく、南下北上をする際にはそれを使う他ないとの事だった。単純化されていて分かり易くはあるが、それしか選択肢がないというのもなんとなく不自然であるように感じる。また、ヘラジカも多く、よく車に轢かれるらしい。去年は大体250頭ほど轢かれているとのこと。ヘラジカは轢いてしまったら専門の業者に連絡しなければならず、業者が駆けつけ事故現場を整理し、ヘラジカを解体して轢いた人間に送りつけるらしい。それも一頭丸ごとであるため、一年とは言わないが、相当な期間肉を買わずに済む量の肉が手に入るらしい。気にもしたことがなかったが、ヘラジカはそんな大量に存在しているのか。さてさて、途中でスーパーに寄ってから先に進むこととなった。お昼ご飯を提供してくれるツアーではないため、スーパーで何か買ってくることをお勧めするとの事であった。また、お手洗いを必ず使うようにとも言われた。なぜか、そのスーパーが周辺車で一時間の範囲で唯一の公衆トイレであるからだそうだ。なるほど、それは大事である。やたらデカいスーパーであった。それもそのはず、その街で唯一のスーパーだそうだ。車で一時間以上かけてスーパーに向かうというのはなかなか規模の大きな話である。私はあまり嬉しいとは思えない。スーパーで果物と飲み物を買い、車へ戻る。丁度朝日が見えた。遠くに山脈が見える。それだけでも十分アラスカであった。車に乗り、より山の中へと進んでいく。窓から見える景色はとても雄大であった。積もった雪が眩しく、見えるもの全てが白かった。車の中から一丸を構える。シャッター音を車内に響かせながら何枚も撮ってしまう。それほどに記憶に残したい景色であった。トコトコと雪の中を進む車。饒舌なガイド。いろいろな情報を得ながら、窓の景色を愛でる。途中、山間に白く広がった場所が見えた。ガイドがそれを指差し、今日向かっているグレイシアがあそこにあると教えてくれた。面白い。とても面白い。遠目に入り口のみしか見えないがそれだけでも大きいことがわかる。少しして、お土産屋兼同意書記入所についた。その時一歩外に出た瞬間に目の前に広がる景色に感動した。その建物はロッジ風であり、周りには雪と針葉樹のみであった。誰も話さない瞬間には耳鳴りがするほどの静寂を感じる。とても私の今までの生活からは異なる世界であった。ロッジの中は毛皮や動物の骨でできたアクセサリー、鉱石や木の彫刻などが売っていた。とても穏やかな雰囲気であった。そこで同意書にサインし、ついにグレイシアに向かう。

再度車に乗り込み、グレイシアへと向かう。約10分程度の距離であった。やけに開けた白い景色の中に車が停まる。車をおり、ポツンと建ったプレハブのような建物に入る。その中でグレイシアの中専門のガイドと合流し、靴にスパイクを装着する。なかなか格好が良い。実用であるとともに洒落てもいる。ツアーのメンバーが全員揃ってから、ソリに乗ってグレイシアそのものに近づく。ソリはスノーモービルに引かれている。とてつもなく揺れるし跳ねる。お尻が痛い。そして思ったよりも遠い。見えているのに近づけないのはスカイツリーと同じである。氷の山が目と鼻の先の場所でソリを降り、ガイドの説明を聞きながら周りを見渡す。白い。青白い。遠くに山も見えるがとても遠い。ただ開けた白い土地であった。ここが地面を含めほとんど氷であるということが信じられない。ガイドの後について氷の中を歩く。左右前後全てが氷である。氷の上に雪が乗っている。とてつもなく白い。石のような氷を見ると、自然の大きさを感じる。正直それが氷であると本当に理解するのには時間がかかった。初めは圧倒されるのみである。ただただ規模が大きい。そしてそこから一時間ほど歩く。ツアー自体が一時間半程度であり、少し延長してくれたので二時間になった。氷の谷間を歩き、氷壁を伝いながら前進する。スパイクのおかげでとても歩きやすい。しかしガイドがスパイクをつけていないのには驚いた。私ならば立っているのが精一杯であろう。氷の狭間の縫うようにして歩く。ただただ見えるものは氷と雪のみである。シンプルであり、爽快である。初めの方にずっと見えていた大きな氷山に、蛇行しているとは言っても、ずっと歩いて近づいているはずであるのに、実際に氷山にたどりついたのは一時間半ほど歩いた後であった。規模が大きい。透き通るように青いその氷の塊は、その脅威的とも言える存在感とともに儚い印象を持つ。氷である。ここの氷は毎夏溶けるわけではない。氷山はずっと氷山であり、氷河はずっと氷河である。しかし、他の山に比べてその形の変化や表面の移り変わりは速い。この存在感もまた、時間に対して同一ではあり得ないのである。流れる水と同様、流れている。地球温暖化もあり、グレイシアの氷も小さくなっているとの事であった。しかし面白いことに今年の氷は数年前に比べて少し大きくなっているとも言っていた。私は温暖化に対して特別強い意見を持っていないので、世間一般の認識と理解を異にしてはいないが、少し安心した。これが問題解決ではなく、異常気象も含め、課題は多いが、自然は自然で存在しており、それそのものとして変化しているという事実を体感できた。文明社会に生きていると人間の能力が全てに影響を及ぼしてしまっているように感じるが、そんな大きな存在でもないのかもしれない。しかし土台、私たちは自然の一部であるために、私たちの変化は自然そのものの変化であるということも忘れてはならない。そうなれば、文明もまた自然であり、技術もまた自然であり得るのだろうか。少なくとも、人間が生きたいのであれば、生きやすい環境を作るべきであろうとは思う。グレイシアもまた大自然の一部である。その一部にこれだけ圧倒されているのだ。そして私たち個々人もその一部であると。

氷の世界は雄大であった。とても大きく、とても透き通っていた。寒かったが、寒すぎず、活動するのには丁度良い冬の気温であった。氷を堪能したのち、プレハブへ再度ソリに乗って戻る。また跳ねる。お尻が痛い。その後、少しの休憩をとり、車へ再度乗り込む。さてさて、ツアーの大きな目的が終わった。お腹が空いたので朝作っておいたサンドイッチとスーパーで買っておいたバナナを食べる。軽く二時間氷の上でハイキングをしたのだ、それは腹も減るだろう。むしゃむしゃとバナナを頬張る。ガイドさんが次の目的地へと連れていってくれる。蜂蜜屋だ。アラスカで蜂は生きられるのか。寒すぎやしないのか。そう思いながらお店に行く。お店といってもとても小さい小屋であった。お酒も作っているらしい。試飲といって小さなカップに注いでくれる。しかしながら、作っている種類が多く、一口を10回以上繰り返した。普通に酔ってしまうのだが。話を聞いていると蜂はやはり冬は自力では越せないらしい。そのため、トレーラの車内や屋内に避難させ、冬を越す手伝いをするらしい。面白い。お酒もワインが多かったが、たんぽぽやバラなどの花から作ったお酒や蜂蜜から作ったお酒、見たことのない果物から作ったお酒などたくさんの種類があった。最終的に蜂蜜の小瓶を買って帰った。可愛らしい小瓶である。今日本で愛でている。蜂蜜自体も味が濃く、美味しい。おすすめだと言いたいが、いかんせん場所が場所なので、また運が良ければ皆様も見つけることができるかもしれない。蜂蜜を買い、車に戻り、アンカレッジへと戻る。その道中に雨が降り始めた。ガイドの人はそれぞれをホテルへ直接送ってあげると提案してくれた。ありがたい。そこで発見したのだが、ツアーをともにしていた、5人組のカリフォルニア出身の友人グループツアー客が同じホテルに泊まっていた。車に揺られながら、濡れた窓から見える針葉樹を眺める。やたら広い道路を走る車はまばらであり、人口の少なさを感じる。少しづつ陽が沈む。夕日は雨に隠れて見えなかった。

ホテルに戻り、フロントで今日のツアーが楽しかったと5人のギャルたちと話し合った。やたらとテンションが高く、楽しい人らであった。帰り道の車内でガイドにお勧めされたレストランが幾つかあったため、そのうちの何処かにいこうと悩んでいたところ、彼女らがもし特に予定がなければ一緒に食べに行かないかと誘ってくれた。断る理由もないため、喜んで一緒させてもらった。一度部屋に戻り、服を着替え、20分程度経った頃にフロントで集合した。わいわいとどこへ行くか話し合い、ピザを食べる異に決めた。Uberを頼み、レストランまで行く。少し離れた場所にあった。とても人気で、列ができていた。番号をとり、皆でとりあえずビールと頼んで話しながら順番を待つ。話を聞いていると、5人のうち3人が職場の同僚であり、そのうち二人が一人づつ友人を連れてきた形であった。とても居心地の良い集団であった。順番が来てピザを頼む。変わり種を頼もうとなり、タイ風ピザなるものを頼んだ。最終的にとても美味しかったのだが、少し変なピザだった。変わり種だったのだから当たり前だが。皆でわいわいとピザを囲む。生地は弾力があり、食べ応えがある。チーズが多くかかっており、ジューシーだった。ペパロニピザは王道である。肉肉しくも、ピザ生地の主張が強く、アメリカンピザの王道である。タイ風ピザはa野菜が多く乗っていた。ゴマソースのようなものもかかっており、本当にタイ料理のような雰囲気であった。しかしピザとしての自覚も強く、味は塩気が濃い。美味しかったが特殊な経験であった。もう一つはラクトースなしのピザであった。しかしやったら辛かった。満場一致でやたら辛かった。ほろ酔い気分でそのまま半外の焚き火の前で少しおしゃべりをする。とても楽しい時間だった。彼女らはそのままフェアバンクスまで行き、オーロラを見に行くらしい。私もできたらよかったのだが、極めて日数の少ない旅だったため、惜しくも時間を作ることができなかった。全ては予期せぬ吹雪のせいである。その日は比較的ゆっくりホテルに戻った。とはいっても陽が暮れるのが圧倒的に早いので、そこまで深夜でもない。再度Uberを頼み、行きと同様皆でホテルへと戻った。フロントでさよならを言い、部屋へ戻る。やたら広い部屋も居心地が良い。明日は特にやれることがない。中途半端な時間にフライトがある。ゆっくりとチェックアウトをして。ゆっくりと散歩し、ゆっくりとバスに乗り、ゆっくりと飛行機に乗る。早く起きる理由もない。しかし夜更かしする理由もない。今日は少し湯船に浸かろうかなと思う。

翌朝。11時にはバスに乗らねばならない。チェックアウトは10時。昨晩は夜更かしをせず寝てしまったので、思いの外早い時間に目が覚めてしまった。時差ボケなのだろうか。とりあえずベッドの中で一通りゴロゴロした後にシャワーを浴びる。朝ごはんを食べに降りる。昨日の彼女らに会えるかもしれないと思いながらわざわざ会う必要もないので、己のペースで食事をとる。朝ごはんは固定かと思っていたらそうでもなく、前日はスクランブルエッグだったものがこの日はチーズインオムレツだった。素朴な味がしてとても美味しい。嬉しくなって幾つか取る。チーズだから昨日のうちの一人は残念ながら食べられないなと思いながら、自身の健康体に感謝する。ゆっくり朝食を摂った後、荷物をまとめに自室へ戻る。実はバックパックひとつでアラスカに来ているので、荷物の整理は比較的簡単である。荷物を詰めて特にお土産も買わなかったためそこまで重くもなっていないそのバックパックを担いで、チェックアウトする。トボトボとホテルを出て他に何かできることがないか考える。美術館は10時半に開館である。さて、行くかどうか悩むところである。とりあえず10時にもなっていないので海が見える方へと歩いた。相も変わらず凍結している道路を歩く。港を一望できる公園に行く道は勾配の大きな坂になっており、下る時は少し足元が怖かった。公園に着いたがしかし、如何せん曇りであった。曇りでは遠くが見えない。近くにはビーチがあった。しかしそこに降りるための道が全面凍結していて歩けるものではなかった。頭を打って溺れたくはない。そのままその小さな公園を散歩し、もう少しまっすぐ歩き続けた。そこには銅像があった。峠のような場所に木造の展望台がある。そこに建っていた。海を見つめていた。冬の曇り空の海はなかなか不穏である。光が欲しい。

さて、そのあとは特に語ることもない。少し雨が降ってきてしまったので、観光案内所に行き、雨宿りをした。その中のボランティアの人と話し、暇を潰した。バスの時間に間に合うように小雨の中をフードをかぶって歩いた。バス停にいた物乞いに絡まれながら少しバスを待つ。警察も立っていたのでここら辺はあまり褒められた治安ではないのだろう。英語を聞き流すのが得意な私は全力でシカトをし、空港行きのバスに乗る。運賃は2ドルほど。Uberに比べたら破格である。公共交通機関を使うことを躊躇う理由は、治安のみだろう。まあ命に変わるものはそうないのだから、理解はできる。揺れの激しいバスにロデオをしながら待っていれば、空港である。空港の中もそこまで特別なことはない。暇な時間をカフェで過ごして、そのままである。荷物を預けることもなく、ただただ流れに身を任せるのみである。飛行機はシアトル行きである。次の目的地が楽しみであると同時に、やはりもっと長い間泊まっていたかったという思いもある。惜しいながらも後にしたアラスカ。再度訪れたいと思う。少なくともオーロラにチャレンジしたい。

以上である。

書きながら思ったが、嫌に長いものになってしまった。もう少し簡単な文章にしたい。今後の文章はもう少し簡潔にまとめられたらと思う。

それでは。

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