アメリカ旅行に行ってきました(とりあえず総括)
今回は楽しい記事です。
この度、睦月から如月にかけて三週間程度アメリカに遊びに行ってきた。最終的に訪れたのは、シカゴ、アンカレッジ(アラスカ)、シアトル、ニューヨーク。目的地決めでも一悶着あったのでこれについてもまたお話しさせてほしい。また、今回は一人旅だった。現地の友人には会ったが、渡米そのものは一人で行った。楽しかったよ。旅行はやはり楽しい。
そもそもなぜアメリカかというと、高校時代に知り合ったアメリカ出身の友人に会いに行く話をしたためである。私が大学に入ってすぐの頃からずっと遊びに行くと言い続けていたのだが、パンデミックやら海外留学やらで時間ができずに行けずじまいだったところ、暇ができてしまったので勢いで行くことを決めた。少し家から出て息継ぎがしたかったというのもあり、アメリカのvisaが都合よく残っていたとか、他にも沢山要因はあるが、主な目的として語っているのは、友人に会うことであった。その友人はシカゴに住んでいて、私はとりあえず何も考えずにシカゴに飛ぶことにした。流石に帰りの便を予約しないという暴挙はせず、シカゴ→ニューヨーク、ニューヨーク→東京の便も予約した。流石にね。時期が時期だったのか、不自然に安かったのもある。とりあえず、アメリカ行きがこの瞬間に確定した。同じことを2度いうのもあれだが、楽しかった。友人に三週間アメリカに行ってくると伝えると、短期留学だと言われたが、さして英語が上達した感覚はないので、今更三週間程度行ったところで上達するような能力や顕現するポテンシャルは僕にはもうないようである。残念。だがとても穏やかで、しかし同時に刺激的な旅だったので満足度は高かった。そしてこれが私が修行に入る前の最後の海外旅行になった。流石に如月・弥生にはもう海外旅行はしない。お金がない。現時点でマイナスである。ちなみに、今回の旅で初めてe-simというものを使ってみた。結構使い勝手が良い。ルーターを持ち歩かなくて良いのはありがたいことだ。失くす恐怖を軽減できる。
ここではとりあえず総括を書くことができたらと思っている。楽しかったのでシェアしたい。というかただただ話したいので。細かい話はまた別の記事で話すことができたらと思う。
私は東京→ロサンゼルス→シカゴ→ミネアポリス→アンカレッジ→シアトル→シカゴ→ニューヨーク→東京の順番で飛行機に乗った。このうち、ロサンゼルスとミネアポリスは乗り継ぎのみだったため、特に何も見ていない。元々の旅程ではアンカレッジの代わりにニューオーリンズに訪れる予定であったが、吹雪のためにニューオーリンズの空港が一週間程度閉鎖され、行けなくなってしまった。その時、ニューオーリンズに飛ぶ予定の日の前々日にキャンセルの連絡が入り、代便があてがわれた。その次の日再度キャンセルの連絡が入り、代便が再度あてがわれた。そして代々便の日の朝にキャンセルの連絡が入った。その時に行く先の変更を決めた。そのため、アラスカの滞在日数が短くなってしまい、アンカレッジのみの旅となってしまった。残念である。至極残念である。キャンセルに心を砕かれてしまった。正直色々できることはあったのだろうが、そんな期待値を常に叩き出せる人間ではないので、少し改善の余地のある形での旅行となってしまった。リベンジしたい。しかし、旅行先の全てにおいてとても楽しかったので特に後悔はない。大自然を味わうことができた。とりあえず、旅程通りには進まない旅であった。あ。そもそも旅の始まりの時点で、入国審査でとてつもなく時間が取られてしまい、ロサンゼルス→シカゴ便を一つ逃してしまうというハプニングもあった。幸い特に追加料金もなくその日中にシカゴに着く飛行機に乗ることができたので特に問題ではないが、出鼻を挫かれた感覚である。四時間程の追加の睡眠が空港で取れたと考えて前向きになるとしよう。とてつもなく暇だったが。
シカゴでは友人の家に泊まった。7年ぶりの再会であり、この旅の最大の目的である。とても懐かしく、何故か恥ずかしかった。高校時代の自分と今の自分とを見比べられているようで少し後ろめたい気持ちになってしまった。しかし何よりも嬉しかった。7年ぶりである。7年とは相当な期間である。私が若いからでは済まされないほどに全員が久しぶりだと認知できる期間である。とても嬉しかった。友人は私にとても良くしてくれた。街の案内からおすすめの場所の紹介など、至れり尽くせりであった。少し罪悪感を感じてしまうほどに良くしてくれた。家にいた猫も愛らしかった。この度で最も長く滞在した町がシカゴである。寒波の影響もあり、凍えるような気温であったが、それでいて過ごしやすいと感じた。
友人の家でキャンセルの通知を受け取った時は落胆した。残念無念である。何度もキャンセルの通知を受けるとワクワクしていたはずの私が、イライラし始める。そこで行き先をアラスカに変えた。良い決断であったと思う。アラスカは寒かったが、異常気象のお陰で凍死するほどではなかった。飛行機は思いの外時間がかかった。四時間程度のものだと甘く見ていたが六時間以上かかった。なるほど、北アメリカ大陸は大きいのだと感じた。実際にアラスカで見た自然も規模が大きく、身にしみて感じた。私は小さい、と。
アラスカの後はシアトルへと飛んだ。シアトルでの滞在を短くすればアラスカでの滞在を長くできたのにと思い至ったのはシアトルに来てからであった。しかし特に後悔はない。シアトルでは現地に住むように過ごした。この旅行の方法を面白くないと感じる人も多いだろうが、都市観光では私の中ではお馴染みである。特にどこへ行くでもなく、カフェや本屋をまわり、美術館に気が向いたら入る。ご飯はスーパーでも良い。結構楽しい生活となる。思いの外、ワクワクする。あたかも新生活が始まったように。シアトルの街は小さく、歩いて見て回るには便利な街であった。万歩計が泣いている。
シアトルを発ち、シカゴに戻ってきた。最後のお別れをいうためである。実は大きな荷物も置かせてもらっていたのでそれの回収もあった。シカゴはその時には新鮮でありつつも懐かしい街となった。大麻の匂い以外は慣れるものである。数日かけて最後の時間を楽しみ、次の再会を約束した。旅行に行けたらいいねと行きたい国や街を挙げ合った。私にも未来があるようで少し暖かい気持ちになる。
さて、私がアメリカに行ったらやりたいことリストの多くが詰まったニューヨークである。ニューヨークは騒がしいが、寂しい気持ちになることが多かった。おそらく、旅行がもうそろそろ終わってしまうという現実からくるものであろう。私の主な目的はブロードウェイである。なんとも美しかった。迫力と儚さと、全ての感情をぐちゃぐちゃにして投げてしまったように私の頭は感激で朦朧としていた。夢である。私の夢であった。届かない夢がそこにあった。観客としてここに座ることがどれほど私にとって苦しく、そして感動的であるかを私はその時初めて理解した。観劇は2回行った。とてつもない時間であった。ニューヨークという街の騒がしさと煩わしさは、東京のそれとはまた違う、よりがめつい、剥き出しな欲であった。そしてそれが正直さであり、それが煩さであった。
さて日本に帰ってきて、アメリカのインフレの酷さを改めて感じた。全てが高い。円ドルのシーソーではなく、根本的に物価が高くなっていた。全てが高く、生きづらさがあった。貨幣主義・資本主義を感じた。文化からも建築物からも、全てから感じるものがあった。しかし、大国であった。建物は根本的な資本が違う。土地が広いため、大都市がいくつかあるというのがまた、不自然なほどに面白いところである。日本の東京がいくつか存在する感覚である。考えてみると気味が悪い。私は貨幣主義をあまり好ましく思っておらず、アメリカは貨幣主義の権化である。相性は悪い。しかし学ぶことがある。街をめぐり考えるほどに、「仕方がない」と「合点がいかない」を繰り返した。旅行中は日記をつけるのだが、書ききれないほどに思うことが多かった。アメリカの個人主義が心地よく感じていた時期もあったが、今はアメリカも正直個人主義を失いかけている。今私があの国で憧れるものはないように感じる。魅力的ではあるが、しかし、憧れはない。
盲目的に何かを崇めることは、斗出した能力を磨くためにはなんとも有効な方法であると思う。そして私は、そうすることで「私にできること」を増やしてきた。しかし、今は盲目になる術を失ってしまった。そのお陰でさまざまなものを俯瞰することができ、比較することができ、分野を横断しながら物事を考えることができるようになったように思うが、しかし、今までしてきた猪突猛進ができなくなってしまっている。アメリカ行きを勢いで決めたのはそれを取り戻してみたかったのもある。アメリカは私が昔憧れを持っていた国の一つである。その憧れが文化に対してか、言語に対してか、はたまた自己嫌悪から生まれたものなのかは考えたくもないが、しかし憧れていたことは事実である。だからこそ、海外への興味が深まり、言語への興味も深まった。今があるのは過去があるからである。私くらいは過去の私を認めてあげてもいいのではないかと思う。私くらいしか認めるものがいないのだから。
憧れから得たものは多い。だからこそ、憧れそのものを失うのは寂しい。だが、前進したと思うことで前向きになりたい。
兎にも角にも、今回の旅行は楽しいものとなった。
また各都市の詳細はそれぞれで書きたいと思う。
それでは。
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